February 2, 2012
"英語から日本語に翻訳した小説というものが手元にない上にサイトもどういうところへ見に行けばいいか考えても判らないので具体的な例が引用できないが、たとえば40歳のアメリカ人の男と25歳のアメリカ人男の友達のあいだの会話が日本語で表現できるだろうか。
英語はもともと敬語が非常に発達した言語だがアメリカ合衆国やオーストラリア、あるいはニュージーランドのような「新世界」で言語隔離が起きる事によって敬語が不要である場面は飛躍的に増えた。
そうでなくても、
たとえばポールという70歳の父親に35歳の娘が階下で話をしないかね、と呼びかけるときには娘は「ポール、下に降りてこい」とゆっているのであって「おとうさん、下に降りてこない?」といっているわけではない。
あるいはベーカリーで17歳の女の子からステーキパイを買いながら、天気が悪いと述べているじーちゃんに女の子は「ほんとうだ。わたしも、こんな天気は嫌いだ」と言っているので「ほんとうにそうですね。わたしも、こういう天気は嫌だと思います」と言うわけではない。
それを、言い方が違うだけで同じではないか、と思うひとはよほど言語的な感覚が鈍い。でも同じことやん、と思ったら、今度、社長と通りででくわしたときに
「やあ、元気?仕事はどんな調子?」とゆってためしてみればいい。
社長は一発できみの名前をおぼえてくれるであろうと思われる(^^)"

びっしょり濡れた言葉で世界を説明する、ということ « ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 (via ginzuna)

(via ginzuna)

  1. tooruff reblogged this from ginzuna
  2. a-taro reblogged this from masaka
  3. masaka reblogged this from ginzuna
  4. ginzuna posted this